トラック、バス、重機は将来どのようにして動力を得ていくのでしょうか。Hyzon Motors社にとって、その答えは明白で、水素燃料電池です。これを達成するため同社は、数多の重要テクノロジを開発するだけでなく、クリーンな水素の供給基盤の構築にも鋭意取り組んでいます。同社がECUの妥当性確認に活用しているのが、dSPACEのテクノロジです。
燃料電池はCO2や汚染物質を排出することなく電気エネルギーを提供できるので、気候に優しいエネルギー供給源としてエネルギー業界や自動車業界の注目をますます集めています。特殊な航続距離の要件や効率性の基準という観点でみると、燃料電池はモビリティ分野、特に商用車には興味深い選択肢となります。燃料電池は、水素と酸素を化学反応させた際に放出される化学エネルギーを電気エネルギーに変換するものです。水素はその性質上、たとえば水分子における酸素との結合などのように、化合物としてしか存在していないため、まずは電気分解などの手法を用いて分離する必要がありますが、この電気分解の時に用いる電気を排出物なしで生み出せれば、このテクノロジは完全に気候中立ということになります。
クリーンで低コスト、場所を選ばず入手可能
米国を拠点とし、ニューヨーク州のロチェスターに本社を置くHyzon Motors社はこの目標に集中し、クリーンな水素を柔軟にして堅牢に供給する基盤の創造に勤しんでいます。同社では、「バイオガスやメタン、太陽光、風力、廃棄物などの再生可能資源だけを使用して生成された、どこでも入手できる手頃な水素」というビジョンを掲げ、さまざまなパートナーと協力して水素の現地生産にも注力することで、高額になりがちな輸送コストの最小化を目指しています。
同社の中心業務は、ゼロエミッションのプロトン交換膜(PEM)燃料電池システムの開発および製造を行い、トラックなどの商用車に組み込むことです。Hyzo社は、大型商用車の駆動向け水素燃料電池パワートレインテクノロジにおいて、世界初のOEMメーカーに名を連ねています。
燃料電池システムにはFCUが不可欠
あらゆる燃料電池システムの頭脳たるものは、燃料電池制御ユニット(FCU)です。FCUは幅広い制御アルゴリズムを用いて、水素注入機、バルブ、ポンプ、コンプレッサなどのさまざまなコンポーネントを含むシステム全体を制御します。Hyzon Motors社でソフトウェアテストマネージャとして制御ソフトウェア開発の共同責任者を務めるDaniel Kang氏は、「私たちはFCUソフトウェアの開発を可能な限り効率化するため、開発の極めて早期の段階で、ソフトウェアのテストと最適化を何度も反復して行いたいと望んでいました。これは実際の燃料電池システムを入手するより、さらに先んじて行いたいということです」と述べています。
このために同社が必要としたのは、燃料電池システムの動作に関連するFCUのあらゆる機能をテストでき、FCU環境をシミュレートするための燃料電池モデルをも備えたシステムでした。またそのテストソリューションは、例えば新しいソフトウェアの各リリースで実行するための一連の自動回帰テストを作成するといった、開発チームの一助となるタスクもこなせる必要がありました。
FCUソフトウェア向けのスケーラブルなテストソリューション
HIL(Hardware-in-the-Loop)テストに最適なプラットフォームとリアルタイム処理に対応した燃料電池システムのプラントモデルの両方を提供できるベンダーを探した同社は、拡張性に優れ、FCU接続用の関連インターフェースをすべて備える強力なリアルタイムシミュレーションハードウェアで構成されたdSPACEのHILテストソリューションの導入を決めました。Daniel Kang氏は、「dSPACEは、これら2つの製品を1つのソリューションに統合して提供できる数少ないベンダーの1つでした」と述べています。ソフトウェアの視点から言うと、dSPACEのソリューションは、燃料電池システムのモデルだけでなく、パワートレイン、モーター、バッテリ、および走行抵抗のモデルも内包するdSPACE ASM Fuel Cellモデルライブラリで補完されています。このソリューションを用いれば、燃料電池システムのリアルタイムシミュレーションとFCUの現実的なテスト環境の作成の両方が可能になります。最適なプラントモデルとHILシステムのこの連携により、Hyzon社の開発者は、FCUソフトウェアを実際のシステムに搭載する必要すらないままに、すぐに効率的にテストを実行し、初期の適合を完了することができました。
HILテストを統合した環境でFCUを開発
Hyzon社では現在、たとえばコンポーネントレベルで個々にソフトウェアの機能をテストする場合など、FCUソフトウェアのすべての新しいバージョンに対してHILテストを実施しています。また、新しい制御方式はまず初めにdSPACE HILシステムでテストを行って期待通りに動作するか確認したり、開発の早期の段階で潜在的な問題を修正したりするという方法も取っています。早期の段階でソフトウェア適合を行っておくことはとりわけ効率アップを見込めるもので、それによってその後、実際のシステムで性能テストをする段階になった際で、FCUソフトウェアが従来に比較してすでにはるかに成熟した状態になっていることが判明しています。同社の開発者たちは実際の燃料電池システムで発生した問題の再現と解決にもdSPACE HILシステムを使っています。
I/Oからクローズドループまで対応
Hyzon社では、FCUのすべての入出力(デジタル、アナログ、およびCAN)の正常な動作を確認する基本入出力テストから制御ループのクローズドループテストに至るまで、多岐に及ぶHILテストをdSPACEソリューションで実施しています。例えばここではクローズドループテストの一環として、あらかじめ設定された整定時間の経過後にすべての目標値が実際の値と一致するかどうかや、その結果すべてのクローズド制御ループが安定して稼動しているかどうかなどを確認しています。ASM Fuel Cellシミュレーションモデルを使用すると、特に以下の変数を詳細に検討することができます。
- アノード側の出口圧力
- カソード側の空気の流れ
- コンプレッサの速度と出口圧力
- スタッククーラントの入口と出口の温度
dSPACEソリューションによる最初の成果
Daniel Kang氏は、「当社の開発チームは膨大な予備テストをHILシステムで行えたおかげで、実際のシステムへ実装する前にもかかわらず、最初にリリースされたFCUのソフトウェアは即座に動作しました」と喜びを言葉にします。開発者達はソフトウェアを実際のシステムにデプロイした際に、比較的短時間で起動および動作させることができました。これがうまくいったのは、彼らがHILシステムを用いて広範囲なテストを済ませていたからだと考えています。
そして同時にHILシステムは、潜在的に危機を伴うテストシナリオを再現することにおいても、「ゲームチェンジャー」たりえることを証明しました。HILシステムでは、通常の動作範囲外のセル電流、温度、および圧力も動作範囲に容易に含めてテストできるため、実際の燃料電池システムの損傷を恐れる必要がなくなりました。また、ほんの数クリックで燃料電池システムの機能をすばやくアップデートしたり拡張したりできるため、迅速かつ柔軟に新しい制御ソフトウェアをさまざまなシステムのなかで、バージョン違いも含めてテストすることができました。
まとめと今後の展望
dSPACEのテストソリューションとの体験について尋ねられるとDaniel Kang氏は、非常に好意的なフィードバックをくださいました。「他のHILシステムもいくつか知っているのですが、私の見解では、dSPACEが提供するHILハードウェアおよびソフトウェアには市場で最も優れたものがいくつもあります。dSPACEのテストシステムの高い拡張性は群を抜いており、新たな設定にも容易に合わせられるよう設計されています。総じて、dSPACEのHILシステムには大いに満足しており、これらが当社のソフトウェアテスト能力を向上させたことは大きな喜びです」
Hyzon社は現在、HILシステムを用いた次世代FCUの開発を既に順調に進めています。同社はまた、燃料電池のすべての主要コンポーネントにわたる技術的向上にも継続的に取り組んでいる最中です。水素分野の将来において、同社から刺激的なイノベーションや商品が発表されることが期待できそうです。
Hyzon Motors社.のご厚意により寄稿
dSPACE MAGAZINE、2023年7月発行